文部科学省科学研究費助成事業指定研究機関
LPS研究紹介
- (38) 老化によって低下するワクチン効果はワクチン接種と同時にTLR4を刺激することで防ぐことができる
- (37) 環境に適応した体温調節に関わる脂肪組織特異的マクロファージについて
- (36) Toll様受容体は、神経前駆細胞の自己複製および分化を異なる方法で制御している
- (35) ヒトiPS由来ミクログリア(iPSMG)を用いてヒト型マイクログリア細胞を持つマウスができた。
- (34) LPS経口投与は膜結合型CSF-1を介して組織マクロファージの活性を制御している
- (33) LPS経口投与が肥満を予防するメカニズムに関連する話題
- (32) マクロファージは肥満を予防する?
- (31) やはり、BCG接種はコロナ予防や重症化阻止に有効である
- (30) マクロファージ移植は重症の肝硬変に効果があると期待される
- (29) SARS-CoV-2(今話題となっているコロナ感染症のウイルス)はインフルエンザウイルスと比較してサイトカインストームを起こしにくいかもしれない。
- (28) 高齢者の特定の組織マクロファージの機能障害(貪食など)は、インフルエンザによる肺炎後の筋肉回復を阻害する。
- (27) 傷害を受けた光受容体シグナル伝達は一過性のマイクログリアの傷害箇所への動員により機能を回復する。
- (26) 褐色脂肪細胞から発熱に反応して分泌されるケモカインによって抗炎症タイプのマクロファージと褐色脂肪細胞は会話をする
- (25) 腸管マクロファージは乳酸などの低分子物質に反応して免疫活性を亢進させる
- (24) 免疫機能は脳の恒常性を維持する上で重要な働きをもっている
- (23) 腸内細菌は腸管マクロファージの恒常性を維持する上で必須である
- (22) 皮膚に常在しているグラム陰性菌をアトピー性皮膚炎患者に移植するとアトピーが治る
- (21) 自然免疫には免疫記憶がある?マイクログリアを中心とした解析
- (20) Toll like 受容体からの刺激(例えばLPS)は脳の神経幹細胞の分化や分裂を制御する
- (19) パントエア・アグロメランスのLPSを用いた3ヶ月間のヒトでの無作為割り付け比較対照試験により、LPSには血流を改善する機能があることが明らかになった。
- (18) 合成したTLR4作動薬(LPSのようにTLR4に作用して機能を発現する物質)は、壊れたミエリンの除去、シュワン細胞の浸潤、再ミエリン化を促進するように働く。
- (17) 抗生物質による腸内細菌叢の乱れは抗原提示細胞とTh1型の免疫反応の誘導に影響を与えることによりガンの発生や増殖を亢進する。
- (16) 腸内細菌の種類によるLPSの免疫機能の違いはヒトでの自己免疫疾患の発症に影響を与える。
- (15) LPSでTLR4を刺激することにより、Tauタンパク質を過剰発現することでアルツハイマー病を引き起こす動物モデルで、アルツハイマー病の症状や病態が良くなる。
- (14) パントエア・アグロメランスは不思議な微生物である。その有用な作用について。
- (13) 脳のマイクログリアの恒常性を維持するためには複数種類の腸内細菌が必要である
- (12) LPSは間質細胞に働いて白血病細胞の増殖を抑制する。
- (11) LPSで刺激されたTreg細胞とIL-10はIL-10を産生する好中球を誘導する。
- (10) マクロファージは切断された神経が正しく再生することに必須な役割を果たす
- (9) LPSp(IP-PA1)を舌下に投与するとインフルエンザワクチンの効果を増強するとともに粘膜免疫に重要な働きをもつIgAが全身的に誘導される。
- (8) 十全大補湯の有効成分はリポ多糖である。
- (7) マクロファージ移植により肺の難病を治す
- (6) 腸管の蠕動運動は腸管を取り巻く筋肉に存在するマクロファージにより制御されている
- (5) 幹細胞を超える-分化したマクロファージは自分自身を再生する-
- (4) 腸内細菌は制ガン療法の治療効果を高める
- (3) 低線量放射線がマクロファージを活性化して抗腫瘍効果を出す仕組み
- (2) 薬剤耐性クロストリディウム感染症の治療に糞便移植が威力
- (1) 糖脂質の経口投与は確かにマクロファージをプライミング状態に活性化する
マクロファージと糖脂質の最近の話題(30)
マクロファージ移植は重症の肝硬変に効果があると期待される
以前、神経免疫学革命という書籍についてご紹介しました。その中に脊髄損傷のために下半身不随になった患者に対するマクロファージ移植療法の治験が進んでいることに触れています。
これまでは例えば脊髄損傷という慢性炎症状態に“炎症を引き起こす作用がある”マクロファージを移植するなどということは、状態を悪化させるだけでナンセンスだと考えられていましたが、神経免疫学革命の著者である、シュワルツは真っ向から炎症とは治癒過程を促進する必須な生理的反応である、との考えと、動物実験での成功を踏まえて、治験を進めることにしたわけです。今後慢性炎症に対しては、適切にマクロファージを移植することで良好な治療効果が認められるという、定説を覆すような発見が相次いでなされる可能性があります。その一例についてご紹介します。
肝硬変は肝臓が線維化する疾患で重症化すると肝臓を移植する以外の治療法がない病気です。肝臓がんの90%以上は肝硬変を伴っているともいわれています。厚生労働省が2018年に報告した人口動態統計の概要では、アルコール性肝硬変を除く肝硬変患者の死亡者数は8000人を超えています。肝硬変はウイルス感染等による炎症が慢性化することが原因に違いないと考えられていますから、ここでもいわゆる炎症は悪者扱いされているのです。
これに対して、スコットランド・エジンバラ大学のFrancesca Moroni,らはNature Medicine volume 25, pages1560–1565 (2019) において、9人の患者に末梢血からアフェレーシス(免疫細胞の一括採取)で集めたマクロファージを移植した治験結果を報告しました。
論文のタイトルは安全性が前面に出ていますので、治療法の第一相試験に相当すると考えられます。定説では肝硬変ではいわゆる炎症は悪ですから、脊髄損傷の場合と同様で、マクロファージを移植するなどということはもっての外なことです。治験は磁気ビーズを用いた方法で採取したマクロファージをM-CSFとともに培養して1回だけ1千万、1億、10億個静脈投与して効果を調べました。報告によればマウロファージ移植は殆ど副作用はなく安全性には問題がありませんでした。
肝硬変に対する効果については、極めて予備的な結果ですが、一定の効果が期待できそうだと著者らは報告しています。つまりマクロファージ移植治療を受けた患者では肝硬変の重症度を表す指標であるMELDスコア(MELDスコアは、ビリルビン、プロトロンビン時間、クレアチニン、透析治療の有無で計算されます。)は全ての症例でマクロファージ移植後90日で低下しました。そして、9例中7人が1年後でも治療前より低下していました。
以上のことは、マクロファージの移植療法は難治性の多くの疾患に対して新規な治療法となる可能性があります。もしそうだとするとLPSの有用性はさらに高まるとも期待され、今後の研究成果が待たれます。